経験したバイト
特に変わったバイトではないけれど、単発バイトは少し変わったバイトが多かったように思う。
いろいろあった中で印象深かった物をいくつか。
特に面白い話はありません。
・催し物会場設営
デパートの企画展や売り場のディスプレイを変えるときの力仕事要員。
具体的な内容は商品棚の撤去や配置で、棚はそこそこ重くて数があるから人海戦術。
僕らが棚を適当な場所に置いて、ディスプレイ担当の人が図面に合わせて設置する感じでした。
デパートの営業が終わった後、裏の搬入出口で立ちん坊をしていると勝手に人数を数えられて、何階に行くようにと指示をされる。
最初はデパートがお金をくれると思っていたけれど、イベント会社か内装業者が雇い主なんだね。
単発の力仕事だから、暇な男子大学生が扱いやすかったみたい。
大きなデパートだったから、そんな立ちん坊が何十人もいるんですよ。
デパート閉店後の2時間くらい作業して、すぐに終わるから割のいいバイトだったように思う。
いつバイトがあるかは先輩から後輩に受け継がれる形で『今夜あるけど行く?』みたいな感じだった。
今考えると怪しさ100%だけど、雇う側もよくわからない立ちん坊より大学生の方が良かったみたいね。
労働者じゃないから後腐れも補償もない。
設営後、内容にもよるが3000円〜5000円をもらって解散。時給にすると1500円〜2000円前後だったんじゃないかな。
瞬発力が頼りの人海戦術バイトでした。
滑り止め付き軍手が支給されていた気がする。バイトと本職さんの見分けだったんだろう。
今思うと税金はどうなっていたんだろうね。全く気にしたことがない。
受け取りにサインした覚えもなく、直接剥き出しの現金をもらって解散だった。
・旗振り
駐車場や工事の警備員じゃなくて、本当に旗を振るだけのバイト。
新規開店のガソリンスタンドやお店で、ハッピを着て延々と旗を振って賑やかにするバイトね。
一度は見たことあるんじゃないかと思う。
それ専門のバイトで、時間から時間までただただ旗を振る。
入ってくれそうな人や車に『いらっしゃいませ〜』と言うだけ。
そういったバイトが振るのは両手で振るような大きなサイズの旗で、結構しんどい。
ただ振るだけの単純作業だから時間が経たない。
一番の問題は、何の達成感もやりがいもないこと。
誰かと近い場所に配置されたときは話をしながらできるからいいけれど、一人のときは苦痛と言ってもいいくらい。
腕や背中が疲れることよりも、一人で延々に旗を振り続けるという行為がメンタル的に辛かったよ。
サボればすぐにわかる。
誰も歩いていなくても車が走っていなくても、ただ旗を振り続けているだけだからバカみたいな気がしてくる。
にんげんだもの。
だからこそ、そういうバイトが存在して雇う人がいるんだと思った。
ただ旗を振るよりも、入口で誘導を兼ねた旗振りほうがまだ楽だった。
時間は朝10時から夕方18時まで。朝9時から17時までのときもあった。
交通費やお昼代込で8000円だったと思う。時給にすると1000円だね。
話だけなら楽そうに思えるが、やってみると精神的にも肉体的に苦痛が伴うバイトでした。
それ以降、単純過ぎるバイトはしなかった。
バイト開始15分くらいはいいけれど、残りの7時間45分は拷問みたいに思えてくる。
自分が望んで行っているのに、勝手なものだよね。
ちなみに、そういうお仕事はお店のオープンイベントの初日だけか、長くても週末土日の2日間くらい。
基本的に平日にそのバイトはありません。ヒマでアホな学生にはちょうどいいよね。
・着ぐるみ
ショッピングセンターの広場や屋上の催しや企画の中で、着ぐるみのバイトがあった。
アクターではなく、着ぐるみで楽器を演奏するバイト。
クマやウサギで指だけは人間。
CDでもいいだろうに、やっぱり人が演奏するほうが人が集まるからと聞いた。
人がいることで賑やかしになって、足を止める人が多くなるのだろう。
多少なりともステージ上が華やかでそれっぽく見えるよね。
一般的な生活をしていると、生演奏をしているところを見る機会が少ないこともあると思う。
演者は不慣れな着ぐるみを着ていても器用に演奏するよね。
演奏する曲は指定があって、そのままこなすだけ。
一番の苦痛は、とにかく臭い。
着ぐるみは洗えませんからね。
ずいぶん前に "ふなっしー" が臭いと話題になっていたけれど、そうだろうと思う。
ふなっしーの中の人はかなり臭いはず。
だけれど、いろんな人が使いまわしている着ぐるみはもっと臭い。
不衛生ではあるが、それも仕事のうち。イヤなら最初からバイトをしないよね。
僕らは幸いイベント会社ではなくショッピングセンターに直接雇われていたから、当時の大学生の時給としては結構良かったと思う。
いや、そんなバイトをしていた人を他に知らないから、高いか安いかわからない。
あまり回数がなかったからうろ覚えだけれど、時給2000円〜2500円くらいもらっていたと思う。
ちなみに…
着ぐるみ無しでもバイト代は変わらなかった。
1ステージいくらでもらって頭数で割るから、着ぐるみのオプション料金はなかったよ。
企業のお祭りやスーパーの催し、結婚式の二次会の生バンドなど、着ぐるみを着ない演奏にも何回か行った。
今のように途中でイベント会社等が入ることが少なかったから、人脈だけが頼りのバイトだった。
大企業の何十周年パーティーはご祝儀相場で高かった。2ステージで10万円を頭数で割ったよ。
こういったバイトの一番最初の最初は、誰がどうやってありついたんだろう?
バイトという労働契約ではなく、謝礼やご祝儀という形でお給金をもらっていたから無税です。
・スナックのチーフ
僕が学生時代にレギュラーでやった数少ないバイトの中から、ひとつだけ。
飲み屋さんのバイトは珍しくなけれど、なんでもかんでもやらされた印象深いバイトのひとつ。
チーフといっても用心棒的なことや酔っぱらいの排除、お客さんの相手もした。
当時はまだお店に子供を連れて来てもいい時代だったから、ちびっこ達の相手もしましたね。
お店のお姉さん方が面倒くさいと思った仕事が全部回ってくる。本来の仕事である裏方仕事もあるから思った以上にハードな仕事だった。
表側に出ている時間も長かった。
結構お客にお酒を飲ませるお店で、毎日酔っ払いがいたからね。
その頃の地方のスナックはそんなものだろう。
お店はボッタクリではない普通の飲み屋街のビルの中のスナックだったことを付け加えておきます。
26歳のママを筆頭に若いお姉さんが多いお店で、お客さんもそれなりに多かった。
無茶苦茶困ったことはないが、ある程度万遍なく困っていた気がする。
泥酔客をお店から連れ出して、エレベーターに乗せてタクシーに乗せるのは僕のお役目。
慣れないうちはお客自身に言い聞かせるように連れ出していたけれど、僕は気付いたね。
そこまで酔う客は、ほとんどのことを覚えていない。
記憶があると言い張るお客でも覚えていないことが多い。
それからは、なんやかんや話しかけながら強引な力技で "排除" するようになった。
肩を貸して歩かせるというよりは、相手のベルトを掴んで吊るように引っ張るようにタクシーまで連れて行って無理矢理 "排除" していた。
それで何かを言われたことがないから、やっぱり覚えていないんだろう。
後日来店したときも『兄ちゃんありがとな』と言われるくらいだもの。
一番困ったのは仕事面ではなく、免停になっていた時期の往復。
結構大きな歓楽街で、お店までの往復がね。
男の僕にタクシー代や送迎がつくわけではないし、帰るのは2時くらいだもの。
バイクだとすぐでも、自転車だと遠いのよ。
そのバイトでは、夜の街とオンナ (お店のお姉さん) の思考を学んだ。
裏でどんな事を言っているとか、お客に対する裏表など、いろんなことを勉強させてもらった。
まだ大学生だった僕にはいろいろ新鮮だったよ。
僕は昔からお酒をそんなに飲まないけれど、もっと飲まなくなったね。
男も一度は水商売をやってみるものだと思う。
面白いか面白くないかで言えば、面白いバイトだったと思う。
時給は1200円。
都会は知らないが、当時の地方の男子大学生のバイトとしては高額だったと思う。
時間は夕方18時から午前1時30分〜2時くらいまで。看板の後も長っ尻のお客がいるからね。
一日8000円〜10000円近くになるから、免停になっても自転車で通うよね。
こう考えてみると、いろいろやった気がする。
他にもバイトをやったけれど、特に印象に残っているのはこのくらい。
もしも何か思い出したことがあれば、またそのときに。
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