Tito Puente
僕が古くから好きなミュージシャンの一人に、Tito Puente という人がいる。
アメリカ人パーカッショニスト。
プレイヤーというよりも、その生き方・生き様が好きだったりします。
・人物
ミュージシャンはミュージシャンなのですが、ショービジネスの世界の人と言ったほうが彼のやってきた音楽がわかってもらいやすいと思う。
1950年代からラテン音楽のマンボを中心に演奏していて、よく使う楽器はティンバレス。ビブラホンや違うパーカッションを叩くこともある。
ティンバレルを2つ並べて、そのスタンドにはカウベルとシンバルが付いている。これを立って演奏するのが彼のスタイル。
Tito Puente モデルとして、彼が亡くなって25年が経つ今でも販売されている。
肘でティンバレルをミュートして叩くなど、視覚的にも楽しませてくれる。
ちなみに『ティンバレス』は「ティンバレル」の複数形。僕の入力間違いではありません。
Tito Puente という人を日本人で例えるなら、ラテン界の北島三郎さんのような存在に近い。
華があるというか、このジイさんが出てきたら出オチのように盛り上がるというか。
好き嫌いを超越したパワーがある人です。
北島のサブちゃんも好き嫌いはさておき、ステージに出てくるだけでお祭りが始まるような予感があるけれど、Tito Puente もそれに近いです。
・音楽
本当は音階のある楽器がやりたかったみたいね。
コンコード・ピカンテにいた頃は、ジャズにかなり傾倒していたように思う。
Cal Tjader のようにビブラホンを叩くこともあった。
何の映画だったかな?ドラマかな?
Cal Tjader が Cal Tjader 役として映画に出演していて、ちゃんと演奏を披露していた姿を見たことがある。
僕が見た数少ない動いている Cal Tjader の姿だ。
Tito Puente は Cal が亡くなったときに、Cal に捧げる曲をアルバムに残している。
Cal Tjader に対する敬愛と憧れがあったのかもしれない。
マンボからジャズに寄り道をして、晩年はニューヨークラテンに着地。
その後、長く一緒にやってきた楽団員の一人が高齢のために亡くなると、Tito Puente は原点回帰をします。
そして Eddie Palmieri との共作のアルバムで Tito Puente はその人生を締めくくります。
遺作となったアルバム "Masterpiece" は本気も本気のゴリゴリのラテン音楽ですよ。
古典的で1950年代にタイムスリップしたかのようなラテン音楽。
Tito Puente らしいアルバムが遺作になりました。2000年7月没。
共作の Eddie Palmieri という人は正統派ではあるけれど、かなりクセのあるピアニスト。
Tito Puente も Eddie Palmieri もその系の音楽では大御所でしたが、一枚のアルバムに二人が名を連ねたのは最初で最後となりました。
1996年にレコードレーベルのライブで共演した音源が残っていますが、どうもそれは数に入っていないみたいです。
ちなみにそのアルバムは "Tropijazz All Stars" で、Michel Camilo や Dave Valentin も入っています。
・その生き方
僕は Tito Puente の生き様がとても好きだ。
古臭い昔からのラテン音楽を、職人の如く淡々と演奏し続けて発売されたレコードやCDは100枚を超えます。
やっていることは、1950年代も2000年でも変わりゃしません。
そこが男としてカッコいいと思う。
観客の期待に答えるのも一流のプロ。
小さな変化はあるものの、結果的にいつも聴衆の期待に応えていた Tito Puente は最高のジイさんだと思います。
晩年は後進の育成を考えていたのか、前に出ることが少なくなりました。
老齢ということもあったのだろうが、晩年はフロントを若いモンにまかせてバックで地味に叩くのが Tito Puente でした。
自分にソロが回ってくると、そこでは文字通り叩きまくります。
若い頃と変わらない Tito Puente がそこにいます。
その数小節のブリッヂの中でも観客の期待に応えるのが Tito Puente。
ただ16分音符を連打するだけでも、観客は盛り上がるのです。
最初に『ショービジネス云々』と書きましたが、全てはそういうこと。
観客が楽しんでくれればそれで良かったのでしょう。
じゃないと古典的なマンボだけを何十年もやりませんよ。
晩年は若い頃のような派手さこそなくなりましたが、笑いながら豪快に叩いていたんじゃないかな、と思える演奏が多く残っています。
ひとつのことを生涯をかけてやり遂げた彼を、僕は最高にかっこいい男だと思う。
マンボのリズムに乗せてティンバレスを叩き続けた彼の人生は、ちょっとカッコ良すぎます。
・ミュージシャンとして
Tito Puente はいろいろな人とも演奏をしていて、本当にアルバムが多い。
追悼盤や亡くなられた後に出たベスト盤、レコード時代の焼き直しも多く、とてもアルバムが揃えにくい人です。
僕は彼のリーダー作のうち、CDになっている中の25枚だけを持っています。
100作を超えるアルバムがあるので、25枚持っていてもようやく1/4〜1/5です。
それほど精力的に活動をしてきたということ。
最初から最後までアルバムを出し続けてきた人というのは、そうはいないと思う。
どこかで中だるみや慢心することが多いのに、彼は最後まで一人のミュージシャンとして走り続けました。
そういうところも、僕はカッコいいと感じてしまうのです。
生前は日本にも毎年のように来ていて、ブルーノートにも彼の写真が残っています。
日本というよりもアジアンが好きだったようで、彼の曲名には香港、チャイナ、ジャパンなどのアジアの国名や地名がいくつも見られます。
アルバム『Master Timbalero』に入っている「SAKURA SAKURA」なんかマンボに合わないと思うけれど、ちゃんと4小節で割り切れるようアレンジして、ピアノのモントゥーノが印象的な曲に仕上げています。
そんなゲテモノが好きなのかと思ったら、アルバム『Salsa Meets Jazz』ではショーロの「Cariñoso」で見事なビブラホンを披露しております。
やはり大御所と呼ばれるちゃんとした人なんだな、と思います。
ならば、古典が好きなのかといえばそうばかりでもなく、アルバム「On Broadway」では Toots Thielemans の『Bluesette』を見事に彼流の四拍子のラテン音楽にまとめております。(原曲は三拍子)
胸が空くようなリズムで Tito Puente のアルバムの中でも、名演奏だと思う。
1982年の録音だけれど、今聴いても新しさを感じる一曲です。
マンボに収まるように拍子を変更することは Tito Puente ではよくあることのようで、象徴的なのはアルバム「Mambo Diablo」の『Take Five』。五拍子を四拍子に卒なくまとめております。
このアルバムに入っている『Lullaby Of Birdland』がまた良くて、作曲者の盲目のピアニスト George Shearing 本人がマンボのリズムに乗ってピアノを弾いております。
いつになく音数が多いピアノソロで、ちょっとびっくりします。
まだまだ話のネタは尽きませんが、アルバムが100枚以上あってキリがなくなるので、曲の話はこのくらいにしておきます。
・晩年の活動
コンコードピカンテ時代はラテン音楽のみを演奏するという契約上の縛りがあったようで、彼はジャズに傾倒しつつもラテン音楽の中でのみ活動を続けます。
レコードからCDへと時代が移り変わる時期と合致することもあり、ジャズを散りばめた古典的なラテンが Tito Puente のスタイルとして浸透したのではないだろうかと思う。
但し、それは彼のリーダー作としての話。
同時期に違うバンドとして、違うレコードレーベルからもアルバムが出ています。
アメリカの契約は専属契約ではないのが普通なのだろうか?
この辺りの事情はよくわかりませんが、コンコードピカンテから離れる時期には、いくつものレコードレーベルから同時期にいくつもの新譜が出ています。
僕はこの時期に発売された Tito Puente's Golden Latin Jazz All Stars がとても好き。
Dave Valentin らとやっていたセッションバンドで、いくつかのジャズ・フェスティバルにも出ていたようです。地味にパキートが加わっていたりします。
そこで演奏していたのはラテンジャズよりもう少しニューヨークラテンに近い音楽。
おそらく Tito Puente がやりたかった音楽なのだろう。
セッションバンドだからなのか曲のレパートリーは少なめ。
スタジオ盤でもライブ盤でも、似たようなラインナップの曲を演奏しています。
例えば、ビ・バップ Duke Jordan の「Flight to Jordan」という曲を見事にラテン音楽に仕上げていて、これは一聴の価値があります。
ジャズをイーブンのラテン音楽に置き換えても、なおジャズを感じ、ラテンを感じるアレンジです。
演奏者の力量なのでしょう。
小僧たちとは違うゴリゴリのラテンのリズムが心地よくもオシャレに感じます。
Mongo Santamaría との共演もあるなど、聴きどころが随所にあります。
・原点回帰
Tito Puente のアンサンブルオーケストラで長く一緒に活動してきたトランペッターさんが亡くなられて、Tito Puente はさすがに落胆したようです。それがアルバム『Dance Mania '99』の頃。
この Dance Mania '99 では、その追悼の意味があったのか、1950年代の録音を焼き直したかのような曲を数多く演奏しています。
これぞ Tito Puente!! と言わんばかりの演奏で、今思えば彼の人生の集大成だったのかもしれません。
その後のバードランドのライブ (2000年) でもオールドファンが大喜びしそうな曲と演奏を遺し、前述した遺作であるアルバム『Masterpiece』へと続きます。
同じ男としてうらやましくも、カッコいい人生です。
彼は生涯で何回ティンバレスを叩いたのだろう。
古典的で古臭い音楽かもしれないが、そこに Tito Puente という男がいたことを僕は忘れない。
なお、今回のブログ記事は僕の思い込みだけで書いておりますので、すべてが正しいとは限りません。
ウソや間違いがありましてもご容赦を。
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